本草經 3卷附攷異(ホンゾウキョウ) / 森立之 [校勘].

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メタデータ / Metadata
書名よみ
ホンゾウキョウ

書誌情報
[出版地不明] : [出版者不明], 嘉永7 [1854] 2, 5, 12, 17, 14, 14, 24丁 ; 22.0×15.5cm -- 卷上中下, 攷異 注記: 版心, 攷異, 丹波元堅の序の書名: 神農本草經 ; 森立之の序の書名: 重輯神農本草經 ; 補訂者名, 出版年は序による ; 四周単辺有界10行21字, 上白口下粗黒口単魚尾, 内匡廓: 19.3×13.1cm ; 印記: 「森藏書」「鷗外藏書」 ; 圏点あり ; 巻末に書入れあり ; 虫損(裏打ち補修)あり

請求記号
鴎T81:34

画像
書入頁

内容記述
「(神農)本草経」とは本草学の最たる古典(秦~前漢に成立と推定)であるが、後年の諸注の中で本文の改刪や諸家の文との混淆が進み、最終的には明・李時珍の『本草綱目』等へ包含されて全く古態を留めなくなったとされる。ために江戸後期の考証学者たちの間で本来の「本草経」本文復元の試みが続けられており、森枳園の校刻した『神農本草経』(本書、嘉永七年刊)や同じく枳園の『神農本草経攷異』は、その集大成的な成果として知られるものである。鴎外は『伊沢蘭軒』その百六十三、百六十四で「古本草復活の問題」や蘭軒の講じた「神農本草経」等について言及している。 森枳園(立之)は福山藩医、江戸後期~明治初期の考証学者。伊沢蘭軒の門人、『経籍訪古誌』の共著者。鴎外史伝中の主要人物の一人である。 なお本書の巻末には枳園の孫娘・鐄《こう》による跋文が、おそらく鴎外の筆で転写されている。末尾に「明治十九年一月二十四日 枳園孫女 くわう」と署名があり、枳園歿後の四十九日にあたって認められたもので、故人が特に心血を注いだ仕事である『神農本草経』をこの機会に刷らせて朋友門人に頒つといった趣旨の内容である。 鴎外が何からこれを写したかは不明。参考文献の小曽戸論文にはこれとほぼ同文のものが翻刻紹介されており、それは枳園『自作寿蔵之紙碑』(明治14年(1881)刊、同19年(1886)に鐄の跋を付して再刊)の跋であるが、本書に転記されているものとは若干の異同がある。また鴎外文庫所蔵の『森立之自撰寿蔵紙碑』(鴎H20:600、『枳園森立之寿蔵碑』、『自作寿蔵之紙碑』)には鐄の跋は付されていない。(梅)
関連作品: 『渋江抽斎』(全集16巻) http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card2058.html
関連作品: 『伊沢蘭軒』(全集17巻) http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card2084.html
参考文献: 岡西為人『本草概説』創元社,1977年
参考文献: 川瀬一馬「森立之・約之父子」(同『日本書誌学之研究』大日本雄弁会講談社,1943年)
参考文献: 小曽戸洋「森立之-その家系・略歴・著述-」(『漢方原典攷注集』8 金匱要略攷注,オリエント出版,1986年)

区分
和書