狩野亨吉文書(第一高等学校関係文書・清国留学生関係文書)

資料の解説

総合文化研究科准教授  田村 隆

 

 ここにデジタル公開する狩野亨吉文書は、幕末の出羽国秋田郡(現秋田県大館市)に生まれ、旧制第一高等学校(一高)の校長や京都帝国大学の初代文科大学長などを歴任した狩野亨吉(1865~1942)の遺蔵資料群の一部である。狩野は蒐書家としても名高く、10万冊を超える膨大な旧蔵書および古文書類は、国宝2点を含む「狩野文庫」として知られる東北大学附属図書館をはじめ、九州大学附属図書館、京都大学総合博物館などが所蔵する。一方、本学駒場図書館所蔵の狩野亨吉文書はそれらとは性格を異にし、主に校務文書・個人書簡・日記から成る。文書全体の分量は47函、その多くを占める個人書簡は約2万通に及ぶ。

 今回公開する資料は、狩野が東京大学教養学部の前身である一高の校長を務めた1898(明治31)~1906年の校務文書を中心とする。授業の時間割や入学式・卒業式の式辞なども含まれ、学業や寄宿寮生活のこと、また清国留学生の受け入れ開始や一高医学部の千葉医学専門学校としての独立、臨時教員養成所の設置、寮内で感染が広がった腸チフスへの対応など、在任中の狩野および一高を知る上で貴重な資料群である。個別の資料の解説については、参考文献に掲げる3種の展示パンフレットを参照されたい(3点目は冊子体のみ)。

 分類・配列は2002年に編まれた『狩野亨吉博士遺蔵文書仮目録』 (井上政久、井上佳世子編)を基に修正を加え、科学研究費基盤研究(C)「狩野亨吉文書の調査を中心とした近代日本の知的ネットワークに関する基礎研究」(2017~2019年度)の助成により写真撮影した。メタデータの整理にあたっては、総合文化研究科の大学院生、川下俊文氏と鶴田奈月氏の協力を得た。尚、プライバシーに関わる資料の一部については公開対象から外したことを諒とされたい。その検討過程において、東京大学文書館の森本祥子先生の御教示を得た。

 狩野亨吉文書の調査および公開に際しては、亨吉の養子剛太郎氏の孫にあたられる狩野俊夫氏の御理解を賜った。心より御礼申し上げる。

 

参考文献

「教育者・蒐書家・鑑定人 狩野亨吉 生誕150周年記念展」(安達裕之氏監修)
http://museum.c.u-tokyo.ac.jp/images/kano20151206.pdf
「一高校長時代の狩野亨吉 教養学部前史として」(東京大学教養学部創立70周年記念展示)
http://hdl.handle.net/2261/00077200
「一高中国人留学生と101号館の歴史展」(東京大学東アジア藝文書院(EAA)主催)
https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/ja/2020/07/21/3275/