資料の解説


『皇明條法事類纂』デジタルアーカイブの公開によせて

 

 『皇明條法事類纂』はおおむね、中国明代の天順・成化・弘治年間の条例を集積・分類して事案ごとにまとめた書物である。条例とは皇帝の判断に基づく法令(単行立法)やこれらが積み重なった先例のことで、基本法典である明律の内容を補完・修正・追加する機能を有していた。明代の条例は、恣意的な運用を防ぐ目的から、条例の有効期限を皇帝一代限りとし、新帝の即位に際して前代の条例は一括で廃止されるのが常であった。

 しかし明の中期以降、現実の法実務への影響を考慮し、過去の条例をまとめて有用なものを活用するという方向に変化する。こういった明代における条例の扱いが変容する中で、個々の具体的な事案に関する先例を的確に検索し得ることを目的として作成された実務の書こそ『皇明條法事類纂』なのであった。

 本書は、50巻に不分巻14巻を加えた全64巻からなる。各巻ともに黄染の表紙に竹紙の見返し紙を付け、本文紙は樹皮紙に藍色の罫線を印刷し、本文は複数名の筆耕による鈔本(写本)である。型式的な面から判断する限りは明鈔本としての特徴を兼ね備えているように思われる。ただし、本学の所蔵となってから、各巻の題簽の新調と合冊製本が行われ、現在の『皇明條法事類纂』は、各冊5巻(最終冊のみ4巻)からなる13冊の物理単位からなっている。なお不分巻は、最終巻を除くとほかはみな50巻のうちのいずれかの巻の第二分冊にあたるもの(たとえば不分巻-1は巻25の第二分冊)である。一般に附編とか不分巻とか呼ばれているが、本編に対する附属物という位置づけではないようである。この点を踏まえて、本デジタルアーカイブでは、不分巻所載の各条文を本来のあるべき順序に復原して公開している。

 『皇明條法事類纂』は王朝交替や戦乱をかいくぐり、関東大震災時も利用者に貸し出されていたため焼失の難を免れた。このように本書は、奇跡的に現代まで伝わった他に所蔵を見ない天下の孤本である。ただし、本書の編纂経緯や編纂者の戴金に関しては不明な部分が多く、冒頭の序跋・観款類には先行研究でも多くの疑念が出されている。本文の内容に関して学術的評価は高いものの、鈔本であるがゆえ誤字・脱字や錯誤も多い。さらに、これまでの研究は一部を除き、原本に直接アクセスせず、1966年に出版された影印本から議論を展開しており、標点本(活字本)もこの影印本からの翻刻のようである。このため、本デジタルアーカイブによって詳細な全体写真が公表されたことで、本書の史料批判(テキストクリティーク)が一気に進み、これまで提示されてきた疑問点・問題点が順次解消され、中国史研究のさらなる深化につながることが期待できよう。

 本デジタルアーカイブの公開に至るまで、以下の科学研究費補助金による援助を受けた。ここに記して謝意を表したい。

  • 基盤研究(C)「宋元時代の刑事政策とその展開」(課題番号:23520860、代表者:徳永洋介・富山大学人文学部教授)
  • 基盤研究(C)「元明時代の法制に関する基礎的研究-『皇明条法事類纂』の分析を中心として-」(課題番号:15K02890、代表者:徳永洋介・富山大学人文学部教授)
  • 挑戦的萌芽研究「情報化時代における新たな史料学構築の可能性 : 『唐六典』を例として」(課題番号:15K12938、代表者:小島浩之・東京大学大学院経済学研究科講師)

 最後になったが、史料の閲覧・調査・撮影・公開まで格別の配慮をいただき、辛抱強く研究の進展を見守っていただいた東京大学総合図書館および情報基盤センターの教職員の方々、上記の科研費による研究メンバー各位、特に、目録データの作成に直接関わっていただいた徳永洋介(富山大学)、中村正人(金沢大学)、矢野正隆(東京大学)、小林晃(熊本大学)、高橋亨(東北大学)の各氏に心より御礼申し上げたい。

東京大学大学院経済学研究科講師 小 島  浩 之

 

【参考文献】

  • 徳永洋介「解題」(徳永洋介責任編集『皇明条法事類纂条名目録』[富山大学人文学部]、2018年)
  • 中村正人「『皇明条法事類纂』講読雑感」(『東洋法制史研究会通信』29、2016年)
  • 王毓銓「《皇明条法事類纂》読後」(『明史研究論叢』1、1982年)
  • 仁井田陞「舊鈔本『皇明條法事類纂』私見」(『補訂 中国法制史研究 : 法と慣習・法と道徳』東京大学出版会、1980年所収、初出は1940年)