資料の解説

「松濤ノート」は九州大学元教授・松濤誠廉(1903-1979)が、1936年から1944年にかけて、東京大学附属図書館所蔵のサンスクリット古写本を調査し、39冊の手書きのノートにまとめたもので、これをもとにA Catalogue of the Sanskrit Manuscripts in the Tokyo University Libraryが鈴木学術財団から1965年に出版されている。
現在、東京大学附属図書館に所蔵されているサンスクリット写本は、高楠順次郎(1866-1945)と河口慧海(1866-1945)により、20世紀初頭にネパールから将来され、1915年に東京帝国大学附属図書館に寄贈されたものである。当時、東京帝国大学の教授であった高楠は、その解題目録の作成を企図していた。しかし1923年の関東大震災で、当初570部あった写本のうち約50部が失われ、それと同時に作成中の解題の資料も焼失してしまったという。高楠の後任の辻直四郎(1899-1979)は残った写本を整理し、あらためてリストを作成し直したが、国内はもとより海外からも、より詳細な目録の出版が俟たれた。そこで辻は1936年に、自身の教え子であり、当時、東京帝国大学附属図書館の嘱託であった松濤に、それらの写本の調査を依頼する。総数518部にもおよび、内容も多岐に亘る写本を、松濤は丹念に精査し、手書きのノートにまとめていった。調査が漸く終了したのは1944年であり、ノートの数は39冊にもなっていた。これが今日、「松濤ノート」と呼ばれており、東京大学附属図書館に貴重書として納められている。先に触れたA Catalogue of the Sanskrit Manuscripts in the Tokyo University Libraryは、「松濤ノート」の内容を約5分の1に縮約したものであり、松濤の研究成果のすべてを反映したものではない。この度、「松濤ノート」全39冊のうち、35冊分の原本がウェブ上で閲覧できるようになった意義は大きい。
(「松濤ノート」の画像データ作成は、科学研究費助成事業・基盤研究(A) 「バウッダコーシャの新展開:仏教用語の日英基準訳語集の構築」の研究成果の一部です。)

 

東京大学大学院人文社会系研究科 アジア文化研究専攻インド哲学仏教学講座 准教授
高橋 晃一

 


関連リンク
東京大学総合図書館所蔵 南アジア・サンスクリット語写本データベース